1. はじめに:結論から言います。ほとんどのKPIは、機能していません。前回の記事(リンク:新規事業立ち上げの理想と現実③ チーム作り編)では、初期チームの作り方について解説しました。さて、素晴らしい仲間が集まり、いよいよ事業が走り出したその時、あなたは次に何をしますか?多くの人が「KPI(重要業績評価指標)の設定」と答えるでしょう。週次で進捗を報告するためのダッシュボードを作り、美しいグラフを眺めて満足してしまう…。一見すると、これこそが事業を「管理」するための理想的な姿に思えるかもしれません。しかし、本音を言えば、そのKPI、見ていて本当にワクワクしますか?本当に、事業が成功に近づいていると確信できますか?本記事では、多くの新規事業チームを蝕む「KPIのワナ」について解説します。なぜ、ほとんどのKPIが機能しなくなってしまうのか。そして、立ち上げ初期に本当に見るべき、たった一つの「本質的な指標」とは何なのか。その答えを、現場で数多くの事業を伴走してきた私たちの視点からお伝えします。 2. 事業を殺す「ダメなKPI」の3つの特徴なぜ、KPIは機能しなくなってしまうのでしょうか。それは、多くのチームが「管理しやすい数字」や「見栄えの良い数字」を、誤ってKPIとして設定してしまうからです。ここでは、あなたの事業を静かに殺していく、「ダメなKPI」の代表的な3つの特徴を解説します。① 見ていても、次のアクションに繋がらない最も典型的なのが、数字が増えても減っても「で、私たちは次に何をすればいいんだっけ?」となってしまうKPIです。例えば、「WebサイトのPV数」。PVが増えた時、それは本当に事業が前に進んだ証でしょうか?広告を増やしたからかもしれませんし、たまたまSNSでバズっただけかもしれません。この数字だけを見ていても、次に何を改善すれば良いのか、具体的なアクションには繋がりません。こうした指標は「虚栄の指標(Vanity Metrics)」と呼ばれ、進んでいる“錯覚”を与え、本質的な課題から目を逸らさせる危険な指標です。② チームの誰もが、自分の行動で変えられない次に危険なのが、現場のメンバーの日々の努力では、ほとんど動かすことのできないKPIです。例えば、立ち上げ初期の事業で「業界シェア1%獲得」というKPIを掲げたとします。これは壮大な目標ではありますが、一人の営業マンやエンジニアが、明日の行動でこの数字に直接影響を与えることはほぼ不可能です。結果として、メンバーはKPIを「自分ごと」として捉えられなくなり、「どうせ達成できない」と感じてしまいます。KPIは、チームにとって遠い「お題目」となり、日々の業務と完全に切り離されてしまうのです。③ 最終的なゴール(KGI)と、論理的に繋がっていない意外と多いのが、KPIを達成しているはずなのに、なぜか最終的なゴールである「売上」や「利益」に全く結びつかない、というケースです。例えば、「SNSのフォロワー数」をKPIにしたとします。フォロワーが増えることは喜ばしいですが、そのフォロワーは本当に、あなたの商品にお金を払ってくれる「未来の顧客」でしょうか?もし、ただキャンペーン目当てで集まっただけであれば、フォロワー数が10万人に増えようとも、売上は1円も上がらない、という事態に陥ります。これは、KPIとKGIの間にある「因果関係の誤り」から生じる典型的な失敗です。3. では、なぜKPIが必要なのか?その“たった一つ”の本当の目的前章で解説したような「ダメなKPI」に振り回された経験から、「KPIなんて、しょせん意味がない」と感じている方もいるかもしれません。しかし、それはKPIそのものが悪いわけではありません。KPIの「目的」を誤解していることが、最大の原因なのです。KPIの本当の目的は、チームを「管理」したり「評価」したりすることではありません。新規事業の初期フェーズにおけるKPIのたった一つの本当の目的。それは、チームの学習速度を最大化する“対話のツール”として機能させることです。事業の初期は、右も左も分からない暗闇の中を手探りで進んでいる状態です。そんな時、チームに必要なのは「完璧な地図」ではなく、「今、自分たちがどちらを向いて歩いているか」を指し示してくれる「コンパス」です。・「この施策を打った結果、コンパスの針(数字)は少し動いたぞ」・「思ったより針が動かないな。やり方が違うのかもしれない」・「この方角(指標)は、本当に私たちの目的地(ゴール)に繋がっているのだろうか?」このように、一つの数字をチームの中心に置くことで、初めて具体的な「対話」が生まれます。KPIとは、その対話を通じて、チームが同じ方向を向き、試行錯誤の中から「学び」を得て、次の一歩を決めるための、コミュニケーションツールなのです。KPIとは、まさにそのコンパスの役割を果たします。4. KPIを捨てる勇気。そして、本当に見るべき「顧客の熱狂」という指標では、PV数やフォロワー数といった「虚栄の指標」を捨て、チームを管理するためのKPIからも脱却したその先で、私たちは何を道しるべにすべきでしょうか。新規事業の立ち上げ初期に、本当に見るべき指標は、美しいダッシュボードには現れません。それは、顧客のリアルな「行動」の中に隠されています。私たちは、それを「顧客の熱狂」と呼びます。① 「顧客の熱狂」とは何か?「顧客の熱狂」とは、あなたの提供するプロダクトやサービスが、単なる「良いもの(Nice to have)」ではなく、顧客にとって「なくてはならないもの(Must have)」になっているかを示す、定性的ですが極めて重要なサインです。② 「熱狂」を測る3つの問いこの「熱狂」を測るために、私たちは次のような問いを立ててみることをおすすめします。・「もし明日、このサービスがなくなったら、本気で困る顧客が何人いるか?」・「頼んでもいないのに、改善案や応援のメッセージをわざわざ送ってくれる顧客はいるか?」・「未完成でバグがあったとしても、『お金を払ってでも使いたい』と言ってくれる顧客はいるか?」これらの問いに、自信を持って「イエス」と答えられる顧客が一人でもいるなら、あなたの事業は正しい道を歩んでいます。たとえその時点で売上やPV数がゼロでも。③ なぜ「熱狂」が最重要指標なのか?なぜなら、この「熱狂」こそが、将来の事業成長の唯一無二のエンジンだからです。熱狂的な初期ユーザーは、最高のフィードバックを提供してくれるだけでなく、やがてはあなたの事業を応援し、周りに広めてくれる「伝道師」にもなってくれます。立ち上げ初期においては、管理しやすい数字を追いかけるよりも、たった一人の顧客を熱狂させることに全力を注ぐ価値があります。その熱狂こそが、あなたのチームが進むべき道を照らす、最も信頼できる「北極星」なのです。5. 補足:事業フェーズが進んだら、改めてKPIと向き合おう前章では、立ち上げ初期に本当に見るべきは「顧客の熱狂」であると解説しました。「では、KPIは永遠に不要なのか?」と問われれば、答えは明確に「ノー」です。① 「0→1」から「1→10」へ:目的の変化「顧客の熱狂」が見つかり、最初の熱狂的な顧客が1人、2人と現れたら、事業は「0→1(ゼロイチ)」の仮説検証フェーズから、「1→10(ワントゥテン)」の再現・拡大フェーズへと移行します。そして、この「1→10」のフェーズで、再びKPIが強力な武器として輝き始めます。② 「1→10」フェーズでKPIが武器になる理由なぜなら、この段階での目的は、「最初の成功を、どう再現するか」を科学することだからです。・あの熱狂的な顧客は、どのチャネル(広告、紹介など)から来てくれたのか? → ここで初めて、意味のある「PV」や「CPA」の計測が始まります。・サービスのどの機能を使った時に、彼らの目が輝いたのか? → ここで初めて、“本当に意味のある”「アクティベーション率」が見えてきます。一度「成功の型」が見つかった後であれば、KPIはもはや「虚栄の指標」ではありません。成功を再現するための「設計図」となり、チームの行動を加速させる「エンジン」となります。事業フェーズによって、見るべき指標は変わります。闇雲に数字を追いかけるのではなく、事業の「今」に必要な指標は何かを、常に問い続けることが重要です。6. おわりに:計測すべきは「数字」ではなく「進歩」である本記事では、「いっそ、KPIなんて捨てませんか?」という、少し挑戦的なタイトルで話を始めました。もちろん、私たちはKPIそのものを否定したいわけではありません。伝えたいのは、多くのチームが「虚栄の指標」に振り回され、KPIが本来持つべき「チームの学習と対話を促す」という目的を見失ってしまっている、という現実があります。実のところ、私たち”営業の伴走さん”も、過去の事業で何度もKPIのワナに陥りました。増え続けるPV数を見て安心したり、現場の行動に結びつかない壮大な目標を掲げ、結果的にチームの士気を下げてしまったり…。だからこそ、私たちは数字そのものではなく、その数字の裏にある「顧客の熱狂」や「チームの学び」という「進歩」に目を向けることの重要性を、身をもって知っています。もし、あなたが今、形骸化したKPIに悩んでいるなら。あるいは、自分のチームが進むべき道を照らす「北極星」となる指標を見つけられずにいるなら。まずは、私たちの「失敗談」を聞きに来るくらいの気持ちで、無料の壁打ち相談にお声がけください。